古代三関の研究と歴史学入門

大学生・社会人向け歴史学入門。自身の研究テーマは「三関(鈴鹿・不破・愛発関)の成立起源と停廃理由」

日本史の時代区分方法 〜唯物史観の古代・中世・近代〜

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前回の記事では大学の歴史学科で研究する歴史学について解説しました。

大学では卒業論文を書くにあたってゼミに入ることになるのですが、歴史学科では担当教授が専門とする時代ごとにゼミが分かれます。

日本史はよく古代・中世・近世・近現代という時代区分されるのですが、この時代区分がいつからいつまでなのかは知らない人も多いのではないでしょうか。

この記事では唯物史観(マルクス主義歴史観)によって定義されている時代区分について簡単に解説します。

専門とする国と時代を選択する理由

大学の歴史学科で研究する人は、遅かれ早かれ自分が専門とする国と時代を選択する必要があります。

国によって史料の言語は違いますし、同じ国でも時代によって史料に用いられる文法が異なります。

ゼミを担当する教授は各々専門とする国や時代をもっており、学生は興味があって研究したい分野を扱う教授のゼミに所属することになります。

日本史の時代区分

日本史の時代区分はだいたい以下のように分けられます。

  1. 古代:院政期まで(先史時代は考古学の範疇)
  2. 中世:鎌倉時代から戦国時代まで
  3. 近世:織豊時代から江戸時代まで
  4. 近現代:幕末・明治維新以降(現代は戦後以降)

ただし、この分け方はあくまで目安であり、厳密に定められているわけではありません。

また、古代の研究をしたいのに近現代のゼミに入るというのは現実的ではありませんが、所属ゼミの専門とは違う時代を研究してはいけないというわけではありません。

時代区分は唯物史観の考え方

この時代区分の方法は唯物史観(マルクス主義歴史観)の考え方が由来です。

唯物史観では、経済における主な生産様式によって時代を区分しており、

  • 古代:奴隷制社会
  • 中世:封建制社会
  • 近代:資本主義社会

と定義づけています。

生産様式が発展すると政治体制とのズレが生じ、政治変革が行われるという考え方です。

日本の場合は、封建制社会は終わったが資本主義社会には到っていない、中世と近代の中間となる時代を近世と呼んでいます。

どの国においても古代→中世→近代と段階的に発展していく法則があり、資本主義が廃れた次は社会主義→共産主義の時代が訪れるというのが唯物史観の考え方です。

時代区分は便宜的なもの

日本の歴史学会でも唯物史観が流行った時期があったそうですが、現在では否定的な意見も多いです。そのことは冒頭にリンクを載せている前回の記事に記した通りです。

ただ、時代を指し示すのに便利なため、この法則に従って便宜的に使っています。根本にある理論や年代については厳密に気にしなくても問題ありません。