古代三関の研究と歴史学入門

大学生・社会人向け歴史学入門。自身の研究テーマは「三関(鈴鹿・不破・愛発関)の成立起源と停廃理由」

停廃した三関のその後と評価 〜古代における存在意義〜

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前回の記事では、三関停廃後は過所勘過と固関に変化があったことを説明しました。

三関の停廃がもたらした社会への影響と、朽ちていく三関を見た人々の感情について見ていきましょう。

そして最後に古代日本における三関の存在意義について評価しようと思います。

停廃した三関のその後

機能をすべて失って停廃された三関ですが、停廃による社会への影響はありました。

『類聚三代格』仁壽三年四月廿六日条によると、不破関が停廃してから美濃国に孫王がむやみに出入りしている事態が指摘されています。

過所による交通検察は頓挫しましたが、三関がいたずらな人の移動を抑止していたことがわかります。

また、三関停廃から4百年近く経った頃の不破関を詠った和歌が『新古今和歌集』に残っています。

人すまぬ ふわの関屋の 板びさし 荒れにしのちは ただ秋の風

 

(住む人もいない不破の関屋の板庇よ。荒れ朽ちてからというもの、独り秋風が吹き越えるばかり)

この和歌は建仁元年八月三日の影供歌合で、摂政太政大臣藤原良経が詠んだものです。

不破関が朽ち果てて大変寂しい様子になっており、かつての不破関は人の往来が多く立派な姿だったということが婉曲的に伝わります。

これは鈴鹿・愛発・相坂関についても同様だったでしょう。三関は交通の要所に置かれたがゆえに、往来する人々は立派だった三関が荒れ果てていく姿を見てきたはずです。

そして藤原良経と同じく寂しい感情を抱いたのではないでしょうか。

古代日本における三関の存在意義

三関は大友皇子の進軍を防ぐために、大海人皇子が各道を塞いだ過程で成立しました。

乱後の律令社会では反乱者や東国の脅威に対する軍事的機能と、浮浪・逃亡の防止と往来する情報の管理を行う交通検察の役割が与えられました。

しかし、浮浪・逃亡の増加は止まらず交通検察の施策は頓挫に終わり、三関を守護していた健児が蝦夷征討軍に引き抜かれたことで軍事的機能を失い停廃に到りました。

停廃後も固関の制度は残ったものの儀式的なものへと変化し、律令政治におけるすべての機能が廃されました。

三関に与えられた役割は律令国家の運営にとって不可欠なものでした。三関が停廃はすなわち、律令時代の終焉を意味していると言って過言ではないでしょう。

今後の研究について

文献資料と先行研究から持論を展開しましが、史料が限定されているため結論も憶測に留まっています。

本稿を書いた2012年時点で不破関跡の発掘調査は完了、鈴鹿関跡は発掘途中で愛発関跡は未発掘の状態でした。2018年現在もそれほど進展しておりません。

三関の研究は考古学によってまだ検討の余地があるかと思います。今後の研究が進展することを祈りつつ、本稿を閉じることにしましょう。

編集後記

最初の記事でも説明しましたが、「古代三関の成立と停廃」は僕が学生時代(2012年)に書いた卒業論文を書き直したものです。

もう書き上がった論文をわかりやすく簡潔に書き直すだけの作業ではありましたが、これがなかなか時間がかかりました。

まず使用する媒体の問題。縦書きで1冊に綴じられた紙の論文を、横書きで複数のブログ記事に分割するということで見出しなどの構成を考えるのが大変でした。

そして何より学生時代の僕の文章能力が低いこと低いこと。今も達者な文章を書けているとは思ってもいませんが、読み直して「なんでこんな言い回しするかなぁ……」と過去の自分につっこみまくりでした。

過去の自分が書いた文章を読み直すというのはいろいろと発見があって意外と有意義なものです。自身の書いた文献を史料批判する、これもまた歴史学のように感じました。

歴史学のプロセスを伝えたい

古代三関はいつ成立し、なぜ停廃したのか。このテーマについて僕の持論を発信したいという目論見もありました。

ただ、それ以上に歴史学のプロセスを知ってもらいたいという願望の方が大きいです。

歴史書に知りたいことすべてが書かれてはいないということ。もし書かれていたとしてもそれを鵜呑みにしてはいけないということ。数々の史料と比較して多角的な視点から考察しなければいけないということ。

このプロセスがいくつも積み重なって歴史の教科書ができあがるのであり、このプロセスを絶えず繰り返すから教科書の内容も変化するのです。

これから大学で歴史学を勉強する学生はもちろんのこと、たくさんの人に歴史学の奥深さを知ってもらいたいです。

その入り口として「古代三関の成立と停廃」を読んでいただけるのであれば、この上なく幸いに感じます。

次回の記事:史料と参考文献の一覧

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次回の記事では使用した史料と参考文献を紹介します。